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有生子のエッセイ

ドラマは細部に宿る

2021/7/2(金)
なんとなく眠れず、YouTubeを立ち上げたら、
昔のドラマが目に飛び込んできた。
なんの脈略もなく、検索したわけでもないのに流れてきて、
無防備だったわたしは、最初のシーンから釘付けになってしまった。

久世光彦演出の「向田邦子の恋文」(TBS)。
ファーストカットは、向田さんのマンションの一室の留守番電話なのだが、
そこに何通もの手紙、恋人との往復書簡が重なる。

初見だった。
2004年1月2日の放送と知り、ああ、だから観ていないのか、と、納得した。
あの頃のわたしは猛烈に忙しく、
画面に登場する向田さん(山口智子が演じていた)の仕事量にははるかに及ばないものの、
駆け出しの脚本家で、日曜も正月もなく、とにかく書いていた。
徹夜が続き、出前の五目ラーメンをもうろうとしながら受け取って、
派手にこぼしてしまい、左足にひどい火傷を負ったこともある。

そんな苦い記憶を重ねつつ、最後まで見終えて、
今更ながら、当時の日本のドラマづくりの、細部に渡る丁寧さと贅沢さを想う。

物語は、昭和38年。
折しもオリンピックを控えた東京の町が、とても忠実に再現されていた。
向田家の部屋や庭だけでなく、路地裏もガード下も、
町全体が作り込まれているから、外ロケが一切ない。
いまなら、どこかの店を借りたり、道や公園でロケするところを、
すべてがスタジオセットの中で撮影され、完結しているのだ。
しかも、たったワンシーンしか登場しないバーや居酒屋の、
小道具はもちろん、料理などの「消えもの」に至るまで、こだわりを持って。

具体的にいうと、たとえば、
父親の愛人が経営するバーで、愛人がひとり「別れ」を決めるシーン。
客が退いたあとの、食べ残しの乾きものが残る皿やグラス、
無造作に置かれた割り箸まで、時代背景とともに、とてもリアルに作り込まれていた。
主役に直接関わらない、傍系のサブストーリーで、
このシーンだけにしか使わないバーでも、丁寧にセットを組み、、
物語を醸成させていたことに、わたしは感動する。

「ドラマは細部に宿る」と教えられて育った。
物語への感情移入は、そうした細部がおざなりだと一瞬にして「興覚め」してしまう。
ここ数年、日本のドラマをあまり観なくなってしまったのは、
ストーリーを支える、些細な細部の「嘘」が気になってしまうからかもしれない。

ドラマ「向田邦子の恋文」は、飛行機事故で姉を亡くした妹の和子さんが
死後、二十年以上経ってようやく遺品を整理し、見つけた手紙の数々から、
姉・邦子の秘めた恋、隠されていた想いに触れていく、という物語だ。

故人の遺したものを紐解くのは、とても辛い。
わたしの母は、いつも台所で、日々のあれこれを無印良品のメモ帳に書き記していた。
実家を整理したとき、その分厚いメモ帳が大量に見つかり、読めないまま、
今も押し入れの奥の、段ボール箱に収まっている。
あれを読むのは、いつになるのだろうか。いつか読める日が来るのだろうか。

ドラマを観た余韻に浸りながら、そんなことをぼんやり考えていたら、いつの間にか朝になってしまった。
そろそろ身支度をしなければ。今日はこれから新幹線に乗って、名古屋へ。

母が亡くなって、一年。
明日は一周忌の法要を行い、新盆を迎える。




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