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有生子のエッセイ

心強き十人衆

2021/3/25(木)
「お役所仕事」という言葉がある。
国や地方自治体の、縦割り行政を揶揄する言い方で、
わたしもこれまで、何度となく体感してきたひとりだ。

両親の介護に関する様々な相談をしたときも、死亡届を出したときも、
「これはこの部署へ」「次はこの課へ」と、役場の中を次々と回らされて、すっかり疲れてしまった。
ときには区役所から市役所へ場所を移さねばならなかったり、
年金に関しては、年金事務所へ行かねばならなかったり。
どうしてひとつの窓口で、一か所ですべてが終わらないのか、
ため息をつきながらも、そんな「お役所仕事」を仕方がないと諦めているひとりでもある。

先日、移住先の熊本県内にある役場へ足を運んだ。
わたしたちの住む古民家を開放し、
子供からシニアまで、世代を超えたコミュニティサロンにしたいと伝え、
公的な支援を受けられないかという相談をするためだったのだが、
ここで思いがけないことが起きた。

とある課で話し始めると、担当者の方がその場で別の課を呼び、
さらにその人がまた別の担当者を呼ぶ、という事態になり、
気づけばわたしを囲み、何人もの方々が膝を突き合わせていた。
入れ替わり立ち代わりやってきては、その場でわたしの言葉に耳を傾け、
意見を出し合い、知恵を絞ってくれたのだ。
延べにすると十人以上になったと思う。
名刺を頂きそびれた方もいたので、正確な人数は把握できていないが、
ひそかに「心強き十人衆」と名付けさせて頂き、感謝している。

もちろん、この役場も地方自治体のひとつだから、それぞれに担当があり、
縦割りの行政部署に変わりはない。
実際、子どもは子どもだけ、シニアはシニアだけで細かく担当が別れていて、
わたしの提案する「どの世代も」となると、包括する部署はなかったし、
障がい者も健常者も分けない、となるとさらに支援の申請は難しかった。
それでも、なにか方法はないかと、横の連携を駆使し、
二時間近くも話し合ってくれたことが、
わたしには何よりありがたく、嬉しかった。

夫の故郷ではあるけれど、夫自身、この土地で暮らしたことはない。
わたしにとっては結婚後、年に一度訪れるかどうかという場所だったけれど、
夫婦ふたり、先祖代々の家を受け継ぎ、残りの人生を生きていくと決めた。
親戚も知人も僅かで、不安がないといえば嘘になる。
役場の方々の温かさは、だからとても、心強く思えた。

わが家の古民家に帰ると、
小雨の降る中、天窓からの光がぼんやりと差し込んでいた。

まだ改築工事すら始まっていないから、
むき出しの窓から、無防備な光が零れている。

求めよ、さらば与えられん。
そんな声が聴こえてくるかのようだった。







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