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撫子の詩

昭和四十二年十月八日

2020/10/8(木)
その日は、日曜だった
もう十月だというのに、夏の名残が滲む朝
ムームー姿の母は、家の脇に架かる橋を渡った
渡り切った先に、小さな信号がある
もうすぐ赤になる、というところで
せっかちな父は、いつもなら駆け出すところを立ち止まった
身重の妻を連れていたから、というわけではなく
金木犀の香りがしたから、だそうだ
少し遅れて並んだ母は、その香りを知らない
汗ばんだ首筋をハンカチで拭うと、信号はすぐに青になり
父と一緒に、坂道を登り始めたところで産気づいた

初産だったがお産は軽く、夕方には女の子が生まれた
三千六百グラムもある、丸々としたわたし
「有生子」と名付けたのは、父だ

ムームーの日 金木犀の日 坂道の日
汗の日 橋の日 ハンカチの日 信号待ちの日

今日は、どの日もあてはまらない

令和2年10月8日
冷たい雨の日 二人がいない、初めての誕生日

まあるいせかい

2020/10/7(水)
まあるいおつきさま
ないてるぼくに おさらくれた
まあるいおさらを ハンドルに
ルナルナナ

ルナルナルナナ ルナナ
はずむメロディーきこえる
オルガン たてぶえ トライアングル
みんなまあるくなっちゃって
きらきらよぞらに ひかるドロップ
ひとつぶなめたら ルナルナナ
ぼくのなみだ きらりドロップ
まあるいえがお

まあるいおひさま
ないてるわたしに ぼうしくれた
まあるいぼうしを ハンドルに
サンササン

サンサササン サンササン
なないろのにじみえるよ
クレヨン がようし さんかくじょうぎ
みんなまあるくなっちゃって
ふわふわおそらに うかぶドロップ
ひとつぶなめたら サンササン
わたしのなみだ ふわりドロップ
まあるいこころ

ルナルナルナナ ルナナ
サンササン サンササン
おさらに ぼうしに ドロップいっぱい!
まあるい
まあるい
まあるいせかい

ルナルナナ
サンササン
ルナルナナ
☆NHK教育『おかあさんといっしょ』
2016年10月の月うた

四角いホットケーキ

2020/10/7(水)
玉子焼き器の 少し細長い四角の中に
わたしは「種」を流す
「種」は丸く収めてはいけない
熟した鉄の枠いっぱいに
四角く 四角く
ほんのり甘いバニラが漂うまで
弱火でじっくり焼いていく
あの頃の母が ふうっと
あの頃の台所に 現れるまで
「学校どうだった?」
「ふつう。毎日きかんといて」
ぶっきらぼうにランドセルを落とすと
瞬時に拾い上げた母が振り向いた
「ホットケーキ焼いとるで、食べなさい」
肌色の生地に
ぷつぷつ穴が開いてくる
一本だけ蕾をつけた 庭の赤いバラ
美味しそうな匂いがすると決まって覗き込む 近所の野良猫
小沢昭一のラジオは相変わらず可笑しくて
ストーヴのやかんがカチカチ音を立てている
けれど 母の顔がわからない
皺の寄ったエプロンの 小さな油じみまで
はっきりと 少女の目には映っているのに
ひっくりかえす
きつね色が 揺れている
おかあさん
あなたに会いたくて 今日もホットケーキを焼いています
四角い あなたの ホットケーキ
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